高瀬 悠人 「スマホの中の、薄い光」第1話 「濁った光を手にして」

大船仲通商店街の、目立たない細い路地。
たばこの煙が湿った空気に溶ける。
高瀬悠人(たかせ・ゆうと)は、いつものように、裏通りの壁にもたれ、スマホをいじっていた。

人差し指でゲーム画面を弾きながら、ふと見上げる。
商店街の灯りが、ぼんやりと彼を照らしていた。
時間は、もうすぐ午後11時。
居酒屋のシフトを終えた後の、唯一気の抜けるひとときだった。

大学なんて、別に行きたくなかったし

心の中で、いつもの台詞を繰り返す。
それは、誰に言い訳するわけでもない。
ただ、自分に言い聞かせるためだけの言葉だ。

目を落としたスマホ画面では、アバターたちが派手に必殺技を放っている。
そんな鮮やかな世界とは裏腹に、悠人の毎日は、驚くほど淡々と、色褪せていた。

友人たちは、もういない。
地元に残った者たちも、結婚したり、子どもが生まれたり。
SNSで流れてくるのは、家族写真や、タワマンの夜景。
「いいね」すら押す気になれず、ただ画面を流し見しては、スマホを伏せる。

タバコをもみ消すと、悠人は商店街をゆっくり歩き出した。

誰も話しかけてこない。
誰にも話しかけられない。
それが心地いいときもあるし、ひどく寂しいときもある。

途中、コンビニに寄り、缶チューハイを一本だけ買う。
レジ横の店員は、スマホ片手に無表情でバーコードを読み取った。

大船駅の東口近くのガードレールに腰をかける。
開封した缶チューハイから、微かなアルコールの匂いが立った。

ふと目をやると、近くに座っているカップルがいた。
女の子が男の肩に頭を乗せ、楽しそうに笑っている。
悠人は一瞬だけ、そちらに目を向け、それからすぐにスマホへと視線を戻した。

画面の中では、新しいイベントが始まっていた。
ログインボーナス、期間限定アイテム、ランキング戦──。

手に入れたところで、何かが変わるわけじゃない。
それでも、何もないよりは、ずっとマシだった。

……さて、帰るか

独り言のように呟いて、立ち上がる。
踏み出した一歩に、理由なんてない。
ただ、家に帰る以外に、行く場所がなかっただけだった。

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